野球の試合中に人生で1度だけ経験した「ゾーン」
2019/09/01
私は中学高校と、6年間硬式野球部に所属していました。
まさに私の青春は野球一色といった感じで、どのような形で学生生活を思い出しても最後は野球の話になります。
そんな私が1度だけ経験したのが、よくスポーツの世界で耳にする『ゾーン』です。
あれは中学の頃、隣町の中学校と練習試合をしていたときのことでした。
私はこの試合で相手投手から頭部にデッドボールを受け、グラウンドが騒然となったのです。
一度ベンチに下がって視野のチェックなどをしたのですが、間違いなく私の意識はハッキリとしていたと思います。
ところが次の瞬間、段々と耳が遠くなって頭がボーッとする感覚に襲われました。
この頭がボーッとするというのは、決して思考停止の状態に陥っているわけではありません。
簡単に言えば良い意味で何も考えなくていい状態、雑念がなく集中力が極限に達しているような状態だったのです。
そして治療を終え1塁ベースに立ったときに、試合を観ていた方たちから拍手が起こったのですが、その音も私にはよく聞こえていませんでした。
ただ不思議と怖さや危機感はなく、あまりこの後のことは覚えていません。
更に次の打席、私は明らかに異様な光景を目にしました。
これが『ゾーン』だと思える理由で、相手投手の投げる球がとても遅く見えたのです。
本当にフリーバッティング用のボールを投げてくれているのではと感じるほどで、いとも簡単に捉えることができました。
結果はホームラン、実はこれが人生で初めてのホームランだったのです。
きっと先のデッドボールのことがあったため、相手バッテリーが軽く投げてくれたのだと思いました。
だからこそ大きな喜び方はしなかった記憶があります。
ですがベンチへ帰ると、仲間たちが物凄い勢いで祝福をしてくれました。
「お前あんな球打てるなんて凄過ぎ!」
「いつもと別人みたいだったぞ!」
「いつの間にあんなパワー身に付けたの?」
確か、このようなことを言われていた気がします。
後からこの試合のVTRを見せてもらって知ったのですが、このとき私が打った球は推定140kmのストレートでした。
相手は県内でも有数のエース格、打ったボールはホームランエリアの再奥まで飛んでいます。
私の実力では、まぐれでも絶対に打てないような当たりでした。
結局この試合は、最後のゲームセットの声まで集中力が切れなかったです。
敗れはしたものの試合後の話題は私のホームランで持ち切り、次は4番を打たせようという冗談まで飛び出していました。
何だか全身がむず痒かったです。
後日、この体験を顧問の先生に話しました。
するとそこで出されたのが、いわゆる「ゾーン」の話でした。
恐らく頭部にデッドボールを受けた影響で、何かのスイッチが入ったのかもしれないとのことです。
それでも本来の力がなければ結果は出ないと言われ、とても嬉しくなったのを覚えています。
あのとてつもない集中力、異様なスローモーションの光景、これらは以来再び経験することはありませんでした。
とはいえこの経験があったおかげで、私は高校に進学してからも3年間野球を続ける決意ができたのです。
「ゾーン」、それは無我の境地とも呼ばれる、理屈では解明できない世界です。
実際に体験したからこそ、私にもよくそれが理解できます。
ただ地味で何の華もない選手だった私に、輝くチャンスをくれました。
不思議な経験だったと共に、誇らしい経験として今も私の記憶の中に刻まれています。